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神戸地方裁判所 昭和31年(ヨ)135号 判決

申請人 常川秀士

被申請人 西宮タクシー株式会社

主文

本案判決が確定するまで、債務者は、債権者を債務者会社の従業員として取り扱い、債権者に対し、昭和三十一年四月五日以降の手取賃金として月額金一万八千二百九十四円を、その月の二十八日と翌月の五日に折半して―但し、この支給要領により既に履行期の到来した分については即時に―支払え。

訴訟費用は、債務者の負担とする。

(注、無保証)

事実

債権者訴訟人代理人は、主文第一項同旨の仮処分命令を求める旨申し立て、申請の理由として次のように述べた。

「債務者は、一般貸切旅客自動車運送事業、すなわちいわゆるタクシー業を目的とする株式会社であり、債権者は、昭和二十八年四月一日以降タクシー運転手として債務者会社に雇傭されている従業員であるところ、債務者は、債権者に対し、昭和三十一年三月三十一日付で休職を命じ、更に同年四月四日付で解雇の意思表示をしてそれ以来就労を拒否し続けている。

しかしながら、右休職命令及び解雇の意思表示は、いずれも左記諸理由に基き無効である。

1、債務者会社にあつては、神戸地方裁判所尼崎支部昭和三十一年(ヨ)第三六号事件同年三月十四日仮処分決定により、取締役兼代表取締役米沢貞敬外二名の取締役全員の職務執行が停止され、右停止期間中取締役兼代表取締役の職務を代行する者として弁護士田口正平が、他の二名の取締役職務代行者と共に選任され、次いで同月二十四日頃、取締役職務代行者会で西垣内喜一が支配人に選任されて、今日に至つている。しかるところ、債権者に対する本件休職及び解雇処分は、右西垣内支配人が債務者会社の名において行つたものであるが、同人は、債権者と同様債務者会社の使用人、従業員にすぎず、他の従業員の休職、解雇をする権限を有しないものであるから、本件休職及び解雇処分は、無効である。かりに右支配人が代表取締役職務代行者田口正平の委任に基き債権者に対する休職及び解雇処分をしたとしても、右委任自体が営業に関する行為の範囲に属しないから、効力を生じない。更に、右休職及び解雇処分は、会社の常務に属しない行為であるにもかかわらず、本案の管轄裁判所の許可を得ないでなされたものであるから、取締役職務代行者自身の行為としても、商法第二百七十一条により無効であるし、同職務代行者等の選任にかかる支配人がこれをしたとしても、右に準じてその効力を否定すべきは当然である。

2、更に、本件休職及び解雇処分は、労働協約に定められた適正な手続を経由しないものとして、無効である。

債権者は、債務者会社の従業員等で組織されている「西宮タクシー労働組合」の組合員であり、且つその設立当初からの組合長であるが、組合員の解雇については、昭和三十年八月十七日同組合と債務者会社の間に「覚書」と題する書面の形で成立した協定があり、その中に「会社は組合員を解雇せんとする場合は組合と協議する。」と明記されているのであつて、この協議の形式手続等が、その後昭和三十一年二月七日組合、会社間に締結を見た労働協約において、具体的に規定されるに至つた。すなわち同協約によれば、組合員を解雇するに当つては、その第十二条に規定されている後記の構成を有する「労使協議会」を同第十四条所定の手続を経由して開催した上、審議しなければならないのである。また、組合員を休職処分に付するについても、右は、解雇と同様協約第十七条にいわゆる「労働条件に関する事項」であるから、同第十九条、第二十条により前記労使協議会を開催すべきである。しかるに、債務者会社が組合員たる債権者を休職及び解雇処分に付するに際し、右協議会が開かれたことはない。

もつとも、本件解雇処分のあつた当日債務者会社において、「懲戒委員会」と称する会合が開催されたことがあり、債務者は、これを以て労働協約上の労使協議会を開いたことになると主張するのであろうが、右は、全く根拠に乏しい強弁にすぎない。すなわち、同委員会は、全く代表取締役職務代行者を棚上げにして、前記西垣内支配人が自己の名を以て、開催日の前日に組合に招集方通告したものであるから、その手続において、労使協議会の開催は、二日前までに相手方に申し入れなければならないと規定した協約第十四条に牴触するし、また、同委員会に出席したのは、使用者側から前記支配人の外、二十日余り前取締役を退任した浅尾一雄(相談役)と角南正男(同常任補佐)の三名、組合員二名、並びに、組合外の従業員二名であつたから、その構成において、労使協議会は、会社、組合のそれぞれを代表する権限と責任を有する者によつて構成し、少くとも各三名以上の出席を要する旨規定した協約第十二条の要件を具備しないものである。更に、右懲戒委員会において、開催当初「労働協約と就業規則とはどちらの効力が優先するか」という問題が付議されたが、組合員二名の反対にもかかわらず「就業規則優先」という労働組合法第十六条、労働基準法第九十二条違反の決議が、多数決で成立したため、右組合員二名は退席し、その後他の出席者等により債権者の解雇が決定されたのであるから、右協約第十二条違反の事実は、一層明瞭であるといわなければならない。

3、なお、債務者会社は、債権者を解雇するについては三十日以上前にその予告もしていないし、三十日分以上の平均賃金も支払つていないのであるが、右解雇が債権者の責に帰すべき事由に基くという点について、行政官庁の認定を受けていないから、本件解雇処分は、労働基準法第二十条に違反するものとして、無効たるを免れない。

4、更に、債務者は、債権者に対する休職及び解雇処分の理由として、債権者の就業規則違反の事実を挙げているが、いうところの就業規則は、債務者会社従業員の過半数で組織する前記労働組合の意見を聴かずに作成された違法のものであるから(労働基準法第九十条参照)、同組合の組合員たる債権者が、右就業規則に拘束され、その違反に問われて休職乃至解雇処分を受けるいわれはない。

5、なお、債務者が債権者の就業規則違反事実として指摘するところは、『債権者は、昭和三十一年三月十七日午後二時過頃債務者会社宝塚営業所において、取締役職務代行者の通達及び指示に背き、外部の者と共謀して主任柏井喜久夫に対し暴行、傷害を加え、またその業務を妨害し、ために同人より告訴され、現に関係官庁において刑事々件として取調中である。』というのであるが、右事実は、債務者の捏造にかかる無根のものである。事の実相は、右柏井が、同年三月十三日当時の代表取締役米沢貞敬より休職処分に付せられたにもかかわらず、同月十七日宝塚営業所に赴き、勝手に会社の電話を私用に供し、会社の業務を妨害しようとしたので、居合わせた監査役小栗忠雄と債権者が制止し、これに抵抗する柏井との間に揉合が生じたものであつて、その非は、すべて右柏井にあり、したがつて、債権者は、刑事々件の被告人として訴追されていないのは勿論、被疑者として取り調べられたこともない。それ故、かりに右就業規則が有効であるとしても、債権者は、それに違反したことがないのであるから、右虚無の前提に基く本件休職及び解雇処分は、その効力を生ずるに由がない。

以上いずれの点からしても、債務者会社の債権者に対する解雇の意思表示は、無効であるから、債権者は、今なお債務者会社の従業員たる地位を保有するものである。

債権者は、従来債務者会社から、基本給と就労実績による歩合給を合計し手取賃金平均月額金一万八千二百九十四円を、その月の二十八日と翌月の五日に折半して支給されていて、これを唯一の収入源として一家の生計を維持して来たところ、今回の解雇処分を受けてからはその収入も絶たれ、さりとて就職難の今日他に生活の資料を得ることも甚だ困難なので、本案判決が確定するまでに妻子諸共路頭に迷うなど、回復し難い損害を受ける虞がある。

よつて、本案判決の確定に至るまで、債権者において債権者を債務者会社の従業員として取り扱い、且つ、債権者に対し解雇処分した日の翌日以降の従前の割合による平均手取賃金を、その所定日に支給することを命ずる仮処分命令を求めるため、本申請に及んだ。」

債務者訴訟代理人は、「本件仮処分の申請を却下する。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

「債権者の主張事実中、債務者がかつて債権者を雇傭し、債務者主張の平均手取賃金額をその主張の所定日に支給していたこと、債務者が債権者主張の日にこれを就業規則違反の理由で懲戒解雇したことは、これを認める。

しかるところ、債権者は、数多の理由を掲げて右解雇処分が無効であると主張するので、順次これに対し反駁を加えることとする。

1、右解雇処分が、裁判所において仮処分命令に基き選任した代表取締役職務代行者田口正平の選任にかかる支配人西垣内喜一の名で、本案の管轄裁判所の許可を得ずに行われたものであることは、これを認める。右事情に基き、債権者は、右西垣内支配人には従業員を解雇する権限がないというのであるが、支配人が番頭、手代その他の使用人を選任又は解任し得ることは、商法第三十八条第二項の明定するところであつて、このことは、当該支配人が取締役職務代行者によつて選任された者であつても妨げないと解すべきであるから、右主張は、理由がないものである。

2、次に、本件解雇処分が適正な手続を経ないで行われたとする債権者の主張も、根拠に乏しい。

元来債務者会社にあつては、労働組合の組合員を解雇するに当つて組合と協議しなければならぬことにはなつていない。債権者が援用するところの『覚書』は、昭和三十年八月十七日、当時組合、会社間に紛争中の争議を解決するために取り交わされた暫定的協定であつて、その後昭和三十一年二月七日労使協議による労働協約の締結と共に、失効したものである。また、債権者が援用する右労働協約の『労使協議会』に関する条規は、組合、会社間のいわゆる労働条件に関するものであつて、個人の資格における従業員の就業規則違反やこれに伴う身分上の事項を律するための規定ではない。

なお、債務者が債権者を解雇するに当つては、債務者会社の『懲戒委員会』に関する規定に従い、昭和三十一年四月四日その議を経たものである。すなわち、同委員会開催の二日前には労働組合の組合長(債権者)に開催通知書を交付してあつたし、委員会当日には、会社側から、公務のため欠席の代表取締役職務代行者田口正平に代理し、他の委員全員の同意を得て出席した相談役浅尾一雄、支配人西垣内喜一及び支配人補佐角南正男の三名、従業員側から、債権者の属する「西宮タクシー労働組合」を代表して、幸田中二及び河合正の二名、「西宮タクシー株式会社労働組合」を代表して、築場恒男及び高木広が、それぞれ懲戒委員として参列し、中途で退席した幸田、河合の両名を除き、全員一致で債権者の解雇処分を決議したものであつて、その手続及び構成において何等欠けるところはないのである。

3、更に、債権者は、本件解雇処分が労働基準法第二十条に違反するというが、懲戒解雇については同条の適用がないと解すべきであるから、右主張も亦理由がない。

4、最後に、債権者は、懲戒解雇に価する非行をしたことがないと主張するが、事実は、次のとおりである。

債務者会社にあつては、債権者主張どおり神戸地方裁判所尼崎支部昭和三十一年三月十四日仮処分決定により、代表取締役米沢貞敬等の職務執行停止と、右停止期間中における弁護士田口正平等の職務代行が命ぜられたので、その頃債務者会社宝塚営業所の事務室においても、同仮処分決定の写と、田口取締役職務代行者の、従業員は従前どおり職務に従事すべき旨の訓示が掲示されていたところ、同月十七日午後二時頃、右米沢等一派の元監査役小栗忠雄が、同事務室に入り込み右掲示を剥ぎ取ろうとしたので、営業主任柏井喜久夫(債権者は、同人が米沢元代表取締役から休職を命ぜられたと主張するが、柏井は、さような通告を受けたことはない。かりに右事実があつたとしても、同人は、米沢の職執行停止後取締役職務代行者から営業主任の地位を認められている。)が、これを制止しようとした。すると、いつの間にか事務室に入つて来た債権者は、柏井の身体を両手で烈しく突いて室外まで押し出し、更に、警察官を呼び入れるべく電話に向つた同人の手を受話器から揉ぎ外そうとして、二、三回手刀で殴打し、両手を強く絞り上げたので、同人は、左腕関節及び手指等に治療期間五日を要する打撲挫創を負うに至つたのである。

かように従業員が他の従業員に暴行を加えた場合、その暴行者を懲戒解雇するのが債務者会社の従来の慣例であつたところ、殊に債権者の所為は、掲示を剥ぎ取つて仮処分の効力を阻止しようとする者に、暴行を用いて加功したものであつて、これを黙視するにおいては、債務者会社内部の秩序維持上甚だ困難な事態を招来する虞がある。よつて、やむなく債権者に休職を命じ、次いで前述のとおり正式の手続を経て懲戒解雇処分をしたものである。

これを要するに、本件懲戒解雇処分が無効であるとして債権者の縷々主張するところは、すべて理由のないものである。

更に、かりに右解雇が無効であるとしても、これにより債権者が債務者に対し損害賠償を請求することができるのは格別、その解雇事由が前述のような債権者の非行に由来する懲戒処分である以上、民法の雇傭に関する規定により、債権者は、債務者に対する就労請求権を有しないものであるから、その労働給付の対価たる賃金の請求権、すなわち本件仮処分申請の本案請求権を取得すべきいわれがない。

最後に、もし本件仮処分申請が認容されるにおいては、債権者が本案訴訟において勝訴の判決を得たのと全く同様の効果を招来し、債権者の資力、地位等から考えて、到底回復不可能の結果となるのであるから、かかる仮処分は、法律上許容された仮処分の限界を逸脱するものといわなければならない。」(疎明省略)

理由

債権者が、債務者会社の雇傭にかかる従業員であつたところ、債務者が、昭和三十一年四月四日付で債権者を就業規則違反の故を以て懲戒解雇処分に付し、以来その就労を拒否していることは、当事者間に争がない。

しかるところ、債権者は、右解雇処分が無効であると主張するのであるが、その理由として掲げるところは、甚だ多岐にわたるから便宜上まず、右解雇が適正な手続を経て行われたものかどうかの争点について判断する。

債権者が、債務者会社の従業員を以て組織されている「西宮タクシー労働組合」の組合員であること、右労働組合と債務者の間において、昭和三十年八月十七日「覚書」と題する協定が、次いで昭和三十一年二月七日労働協約がそれぞれ成立を見たことは、当事者間に争がない。そして、成立につき争のない甲第二号証の二によれば、右「覚書」は、当時組合役員の解雇をめぐつて紛争していた争議の解決方法として暫定的に作成された簡単なものであつて、そこには、「会社は組合員を解雇せんとする場合は組合と協議する。」と明記されていることが疏明され、また同じく成立につき争のない同号証の三によれば、その後成立した労働協約は、「組合及び組合活動」、「労使協議会」「紛争の調整」、「団体交渉」、「平和義務」、「争議協定」等と題する章を包含し、全文四十八条からなるものであつて、それによると、「労働条件」に関する事項につき会社と組合の間に紛議が生じた場合は、後述のごとき構成を有する「労使協議会」を開かねばならぬとは明規されているが(第十七条、第十九条)、そのいわゆる「労働条件」とは何たるかについての説明もなく、また特に組合員を解雇するに際して必要な手続に関する規定も欠いていることが疏明される。右認定事実を綜合すれば、前掲労働協約の締結の結果、その前に成立した覚書が、既にその使命を終了したものとして失効したと解するのが相当ではあるが、協約が特に覚書の趣旨としていたところを排斥したとの格別の疏明もないし、解雇という重大な事項に関する規定が協約に欠けているとも思えない。それに右覚書の存在を考え合わすと、前記協約にいわゆる「労働条件」とは、組合員の解雇に関する事項をも包含する意味に解すべきであり、右事項につき会社、組合間に意見の衝突を見た場合にあつては、当然労使協議会を開催しなければならぬとするのが、同協約の趣意と認むべきである。そして、債権者が本件解雇処分を受けた当時右労働組合長をしていたことは、当事者間に争のないところであるし、その他弁論の全趣旨を綜合すれば、右解雇について当時組合と会社の間の意見が一致していなかつたことは、これを推認するに難くない。よつて、果して右解雇に当り適正な労使協議会が開かれたかどうかについて、更に検討を進めよう。

債権者の解雇問題をめぐつて、右解雇当日、すなわち昭和三十一年四月四日、債務者会社からの申入に基き、労使双方の構成員を以て組織した「懲戒委員会」と称する会合が開かれたことは、当事者間に争がない。前掲甲第二号証の三によれば、労使協会の開催は、二日前までに会社、組合のいずれかから相手方に申し入れねばならぬことが疏明され(協約第十四条)、債権者は、右「懲戒委員会」開催の申入が右期間を遵守していないと主張するが、かりにその主張事実が真実であるとしても、所定期日に協約に定められた労使協議会の構成に必要な組合側出席者数があつたとすれば、右手続の瑕疵は、治癒されたと認めて妨げない。問題は、その構成である。前記書証によれば、債権者が主張するとおり、労使協議会は会社組合それぞれを代表する権限と責任を有する者によつて構成し、少くとも各三名以上の出席を要する旨、協約第十二条に規定されていることが疏明されるところ、右「懲戒委員会」における労働者側の出席者は、四名であつたが、その内債権者の属する「西宮タクシー労働組合」の組合員が二名にすぎなかつたことは、当事者間に争がない。債務者は、他の二名が「西宮タクシー株式会社労働組合」の組合員であると主張するが、同組合も右労働協約の一方の当事者であるとの疏明はないし、自己の組合に直接無関係の紛争にかかる労使協議会に代表者を送るというのは、あまり意味のないことであるから、同協約にいわゆる「組合」とは、その締結当事者で債権者の属する「西宮タクシー労働組合」以外の労働組合を意味しないことは、自明の理である。もつとも、かように「西宮タクシー労働組合」からの出席者数が協約所定の三名にみたぬとしても、それが、同組合において、労使委員会の開催を阻止するため殊更欠席戦術をとつたとか、同委員会に出席する権利を自ら放棄したと見られるような、もつぱら組合の責に帰すべき格別の事情に基く場合は、労使委員会が定足数不足の故に開催し得ぬとはいえないけれども、少くとも本件にあつては、成立に争のない甲第三号証の二によれば、債務者会社から同組合に交付した「懲戒委員会」開催の通知書には、特に同組合からの出席者を二名と指定していることが疏明されるから、同委員会当日に同組合から二人だけが出席したことが、前記特別の事由に基くものとはなし得ない。したがつて、右「懲戒委員会」は、協約上の労使協議会に必要な構成を具えなかつたものと断じなければならない。そして、右以外に債権者の解雇に関し労使協議会の実質を具えた会合が開かれたという主張、疏明は存しない。

してみれば、債権者の主張する他の本件解雇の無効事由につき判断するまでもなく、右解雇処分は、労働協約上要請されている適正な手続を経なかつたものとして、無効たるを免れぬというべきである。

したがつて、債権者、債務者間には今なお雇傭契約が有効に存続し、債務者の就労拒否は、理由のないものであるから、債権者は、債務者に対し右雇傭契約に基く賃金請求権を有するものといわなければならない。債務者は、本件解雇が債権者の非行に基く懲戒処分である以上、かりに右解雇が無効であつても、前記賃金請求権は存在しないと主張するが、その論旨が不明瞭であるのみならず、結論においても到底首肯し難い見解である。そして、債権者が、従来債務者会社から手取賃金平均月額金一万八千二百九十四円を、その月の二十八日と翌月の五日に折半して支給されていたことは、当事者間に争がない。

わが国現下の社会経済状勢において、反対の疏明がない以上、賃金労働者たる債権者が、就労を拒否されて従来の収入源たる賃金の支給を絶たれている現在、生活に甚だ困窮していることは、一応これを推認するのが相当であるから、右著しい損害を避けるため、民事訴訟法第七百六十条に従い、本案判決の確定に至るまで、債務者会社において、債権者を従業員として取り扱い、これに対し本件解雇処分がなされた日の翌日以降の前記従前の金額割合による平均手取賃金を、その所定日に――既に履行期の到来している分については直ちに――支払うべき旨の仮処分を命ずべきものとする。債務者は、かかる仮処分が法律上許容された仮処分の限界を逸脱すると主張するが、独自の見解であつて、採用に価しない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村友一 三好徳郎 戸根住夫)

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